包丁は鋼材4:加工3:研ぎ3

日頃ご依頼の多い某有名店の包丁を実際に購入して使用し、研ぎに出してみました。
この包丁は全鋼のステンレスでこのお店の看板商品。研ぎの数が多い日は必ず数本は依頼がある人気の包丁でネットの評判も良い。それだけに実際に使ってみてどれほどのものなのか、販売元はどういう研ぎをするのか興味がありました。

結論から申し上げると、購入後の刃付け(上の写真)は見ての通りの小刃付けで切れ味はお世辞にも良いとは言えず、家内の評判もよろしくない。人参などの根菜類はかなり力を加えないと切り込まない感じでした。私も数日後にトマトを試したところ皮がやや滑る。この包丁は店頭で簡単な仕上げ研ぎをしてから渡されましたが、その研ぎが原因だったかもしれません。

一ヶ月ほど使用してから研ぎに出し、戻ってきたのが下の写真です。刃先から5mm前後研ぎ上げて少し厚みを抜いてありました。根菜類はまだ試していませんがキュウリ、トマトは問題ありませんでした。

※ふたつの写真では撮影の角度のため切っ先の形が異なるように見えますが同じものです。

ここで主題の「鋼材4:加工3:研ぎ3」についてお話したいと思います。良く切れて長切れする包丁になるためには良い材料(鋼材)を使い、それを歪みが少なく使いやすい包丁に加工し、食材にストレスを与えないシャープな研ぎを施すことが基本となります。その割合が4:3:3だと思います。材料が悪いとどう加工しても良い包丁にはならないので鋼材のウエイトは高めです。そして金属の塊を鍛造やプレス、焼入れ加工などで包丁の形にするのも重要ですが研ぎも同じくらい重要なはずです。

しかし、一般的な包丁は5:4:1くらいな感じで製造されています。つまり刃付けは刃先を1mmほど鈍角に削っただけ(小刃付け)で研ぎが軽視されているのです。下の写真は上の修理前の包丁を角度を変えて撮影し光の加減でヒラの部分を黒っぽく写すことで小刃にフォーカスしています。

※刃先の僅かに光っている部分が小刃。この部分だけが切れる要素になってしまっている。

これでは食材の食い込みが悪く、刃先が摩耗したり潰れた時点ですぐに切れなくなります。多くのユーザーは自身で研ぐことができないので、シャープナーでガリガリと小刃を削り半年、一年後は全く切れない包丁に仕上がります。

プロの料理人等を対象とした一部の有名刃物店では独自に鋭い刃を付けて販売されていますが、家庭で使う包丁、とりわけホームセンター等で多く販売されている安価な包丁はほとんど簡単な小刃付けをしています。一方、研師は食材への切込み、抵抗を考慮して厚みを抜きながら鋭く仕上げます。これが「研ぎに出すと新品より切れる」理由です。

ではなぜ製造元はそうした研ぎしかしないのか、メーカーに直接伺うと鋭く研ぐと「欠けやすくなりクレームになる」からという理由がよく聞かれます。特に海外の需要が多いメーカーではその傾向が強く、海外では刃物は鋭く切れることよりも欠けないことが重要と考えてられているからだそうす。確かに薄く鋭くすれば欠けやすくなります。でもそれは研げば済みます。海外では研ぐ習慣がないので欠けないのが求められていますが、日本の刃物には研ぐ文化があります。

余談ですが小刃付しかしないもうひとつの理由は「研師がいない」ということもあるようです。研ぎは手作業で手間も技術も必要です。鍛造から研ぎまでこなす小さな工房には全てができる職人がいますが、分業化された大量生産の大手メーカーにはほとんどいません。研がない理由は個人的には前者より後者のほうが本筋だと感じています。つまり生産コストの効率化と人材不足です。

どんなに良い鋼材に加工を施しても最後の研ぎが悪いと台無しです。例えて言うと、どれほど凄いエンジンとシャーシの車でもタイヤがお粗末では早く走れませんがそれと同じなのです。

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