包丁は鋼材4:火造り3:研ぎ3

包丁研ぎ事例

はじめに:某有名店の包丁購入と研ぎの体験

日頃、多くのご依頼をいただく某有名店の包丁を実際に購入し、使用した後、研ぎに出してみました。この包丁は全鋼のステンレス製で、その店の看板商品です。研ぎの依頼が多い日には、必ず数本は依頼があるほどの人気商品で、ネットでの評判も良好です。そのため、実際に使用してみてどれほどのものか、また、販売元がどのような研ぎを施すのかに興味がありました。

鋼材、加工、研ぎの重要性:4:3:3の割合

ここで、主題である「鋼材4:加工3:研ぎ3」についてお話しします。良く切れ、長持ちする包丁を作るためには、良質な材料(鋼材)を使用し、それを歪みが少なく使いやすい形に加工し、食材にストレスを与えない鋭い研ぎを施すことが基本です。これらの要素の割合は、個人的に4:3:3であると考えています。材料が劣悪であれば、どんなに加工しても良い包丁にはなりませんので、鋼材の重要性は高いです。しかし、金属の塊を鍛造やプレス、焼入れ加工などで包丁の形にすることも重要ですが、研ぎも同様に重要だと考えます。

一般的な包丁の研ぎの実態と問題点

しかし、一般的な包丁は、鋼材:加工:研ぎの割合が5:4:1程度で製造されています。つまり、刃付けは刃先を1mmほど鈍角に削っただけの小刃付けであり、研ぎが軽視されているのです。以下の写真は、上記の修理前の包丁を角度を変えて撮影し、光の加減で平らな部分を黒っぽく写すことで、小刃に焦点を当てています。

※刃先の僅かに光っている部分が小刃。この部分だけが切れる要素になってしまっている。

このような状態では、食材への食い込みが悪く、刃先が摩耗したり潰れたりした時点で、すぐに切れ味が低下します。多くのユーザーは自分で研ぐことができないため、シャープナーでガリガリと小刃を削り、半年、一年後には全く切れない包丁になってしまいます。

プロの研ぎとメーカーの方針:研ぎの重要性

プロの料理人向けの一部の有名刃物店では、独自に鋭い刃を付けて販売していますが、家庭用の包丁、特にホームセンターなどで多く販売されている安価な包丁は、ほとんどが簡単な小刃付けのみが施されています。一方、研師は食材への切り込みや抵抗を考慮し、厚みを抜きながら鋭く仕上げます。これが、「研ぎに出すと新品より切れる」と言われる所以です。

では、なぜ製造元はこのような研ぎ方しかしないのでしょうか。メーカーに直接尋ねると、鋭く研ぐと「欠けやすくなり、クレームの原因になる」からという理由が多く聞かれます。特に海外需要が多いメーカーでは、この傾向が強いようです。海外では、刃物は鋭く切れることよりも、欠けないことが重要視されているからです。確かに、薄く鋭くすれば欠けやすくなりますが、それは研ぎ直せば解決します。海外では研ぐ習慣がないため、欠けないことが求められますが、日本には研ぐ文化があります。

購入後の研ぎの結果と使用感

※ふたつの写真では撮影の角度のため切っ先の形が異なるように見えますが同じものです。

結論として、購入後の刃付け(上の写真)は、小刃付けのみであり、切れ味はお世辞にも良いとは言えず、家内の評判もよろしくありませんでした。人参などの根菜類は、かなり力を加えないと切り込めない感じでした。私も数日後にトマトを試したところ、皮がやや滑りました。この包丁は店頭で簡単な仕上げ研ぎをしてから渡されましたが、その研ぎが原因だったかもしれません。

一ヶ月ほど使用してから研ぎに出し、戻ってきたのが下の写真です。刃先から5mm前後研ぎ上げて少し厚みを抜いてありました。根菜類はまだ試していませんが、キュウリやトマトは問題なく切れました。

研ぎを行わない理由:生産コストと人材不足

余談ですが、小刃付けしかしないもう一つの理由は、「研師がいない」ということもあるようです。研ぎは手作業で手間も技術も必要です。鍛造から研ぎまで全てをこなす小さな工房には全ての工程を担当する職人がいますが、分業化された大量生産の大手メーカーには、研ぎ専門の職人がほとんどいません。研ぎを行わない理由として、個人的には前者より後者の方が本質的だと感じています。つまり、生産コストの効率化と人材不足です。

まとめ:研ぎの重要性と包丁の品質

どんなに良い鋼材を使用し、加工を施しても、最後の研ぎが不十分であれば、全てが台無しです。例えるなら、どれほど優れたエンジンやシャーシを持つ車でも、タイヤが劣悪であれば、高速走行はできないのと同じなのです。

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